2008年12月11日

高速・大容量・低価格のパソコン市場の時代に「うちはうち、よそはよそ」の会社事情

会社で使用しているパソコンのCドライブの容量がいつも残量数百MBをさまよっていて非常に心もとないことになっています。

Cドライブが10GBしかなく、WindowsXPのサービスパックやらセキュリティー更新プログラムが適応されるたびにじりじりと容量が減っていくので、あっちのTEMPファイルを削除、こっちのプログラムをアンインストール、Dドライブにインストールなんてことを繰り返しています。

もういい加減フォーマットしようかとも思うけどDドライブも25GBであわせてもHDD自体が35GB程度しかないのでパーティーションひとつにしても遅かれ早かれいっぱいになるなぁという状態。

「じゃぁ、HDDを交換しよう!」と考えたが、今のデータを新しいHDDに移行する手段がない。

古いHDDをUSBで外付けにすると、USBメモリーの社内利用不可のセキュリティーにひっかかる。

データファイルだけでもいくつかのマシンにコピーしてネットワークから復元しようとすると、35GBの古いデータを移動してネットワーク接続できる空き容量のあるマシンはない。

そもそも、固定資産の関係でパソコンの構成を勝手に変えることはやっちゃだめらしい。

もちろん、新機種購入という選択もない。


あー、もう「自分で購入したマシンを使うから」って言うと、これまた情報漏えいの危険があるのでだめだとか。


そんなわけで、高速・大容量・低価格のパソコン市場の時代に「うちはうち、よそはよそ」と言いくるめられ今日も、ちまちまとCドライブの空き容量を広げていたりします。


なんか、こう、びっくりするくらい簡単に容量を空ける方法はないかなぁと、ちょっと調べたら

・システムの復元ポイントを削除する
http://www.itmedia.co.jp/help/tips/windows/w0537.html

・システムの復元機能を無効にする
http://service1.symantec.com/SUPPORT/INTER/tsgeninfojapanesekb.nsf/jdocid/20020407222052953

・セキュリティー更新プログラムのアンインストーラー(C:\Windows\$NtUninstallKB823182$みたいなやつ)を削除する

・ServicePackのアンインストーラー(C:\Windows\$NtServicePackUninstall$みたいなやつ)を削除する
http://support.microsoft.com/default.aspx?scid=kb;ja;290402

・仮想メモリをDドライブに作成する

などなど、案外沢山ありました。全部実行すれば、2,3GBは余裕で空きそうですね。

容量不足の問題としてはSSDを搭載したUMPCがもっと深刻ですが、

ちょうどいい本がありました。

UMPCハンドブック―Windows XP SP3対応

「ここまでやるんだぁ」というような技が沢山紹介されています。

SSDの容量に泣いている人は一読の価値ありかも。

posted by そらねずみ at 12:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | パソコン・IT | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月05日

学校の内申書に携帯通話時間とパケット量を入れるのはどう?



波紋呼ぶ橋下大阪府知事の「ケータイ校内禁止令」- YOMIURI ONLINE
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081205-OYT1T00029.htm

大阪府の橋下徹知事が表明した「ケータイ禁止令」が波紋を呼んでいる。

来年3月までに、政令市を除く府内の公立小中高校で、携帯電話の持ち込みや校内での使用を禁じるという方針。ネットいじめや交流サイトを巡る犯罪など、子どもとケータイの「つきあい方」に悩んできた教育現場では歓迎する声があがるが、一方で、「既に普及してしまったものを今さらダメといっても……」と戸惑う声もでている。

自分の子供の頃は携帯電話がなかったので、経験から携帯電話の持込みの賛否を語ることがはできないのは残念。

しかし、学校で携帯電話(メールやGPS機能)があればよかったという状況が思いつかない。
一度学校に行ってしまえば、家族や他校の友達に連絡を取りたいということはなかったし。

自分はよく遊んでいて怪我をしたので学校から病院(縫うくらいの怪我ね。今なら大事だけど)に行ってそのまま帰宅するということがしばしばあっりました(先生、その節はご迷惑をお掛けしました)
けど、その間の連絡は先生が親と電話でやりとりしていたので自分から連絡するというのはなかったな。

まぁ、考えられるのは「ちょっと聞きたい」と思ったことをその場で確認できることか。

お母さんが子供の服を買いに行って、よさそうなのを見つけたら子供にメールして・・・

うーん、そんなんでいちいちメールするなよと思うが、親のセンスで散々泣かされたしなぁ・・・。これは微妙だ。

で、擁護派と否定派の意見っていうのが、

擁護派の意見
・家族との日常的な連絡手段として
・子供や家族が災害・人災などの緊急時の連絡手段として
・子供が犯罪に巻き込まれた場合の連絡手段として
・学校生活(部活の連絡とか)での連絡手段として
・持っていないと仲間はずれになる

否定派の意見
・授業中に携帯を利用するので授業に集中できない
・学校裏サイトなどによるいじめの材料となっている
・携帯依存に対する問題

こうしてみると、擁護派は「連絡手段としての有益性」、否定派は「依存性・悪用に対する問題」を主張しているのかな?

ということは、両方を満たすのは電報みたいなものがいいのか

「チチキトク スグカエレ ハハ」

みたいな。

でも子供は遊びを開発する名人だからどんなにチープなインターフェイスでも面白おかしく利用するからなぁ。

携帯電話が電卓みたいにそれ以上どう考えてものめり込みそうにないガジェットになれば別だけど。

しかも「教師にとって子供は生徒、企業にとって子供は顧客」という関係があるから、企業はどんどんリッチなインターフェイスを投入するだろうし。

その都度、先生はおろおろするんだろうな。

あ、じゃぁ、あれか、端末価格を100万円くらいにするとか。・・・だめだ、俺が買えない。


「子供にとって携帯電話の価値は大人のそれより大きい」

という事実は認識しないといけないよね。大人の依存度で枠組みを決めても子供がそこに収まるとは思えないから。


だいたい、学校で持込み禁止にしても家に帰ってきたら堰を切ったように携帯電話をさわり続けるわけでしょ。

結局、数時間携帯さわってして勉強しなくなるし、あとは家庭のしつけでというのもいささか強引かな。

「携帯電話を使ってもいいけど、依存しない・悪用しない」

長い目では教育としつけ。いわゆる節度のある人間性への教育ということは必要だとして、

直近では、

「携帯電話の使用量を内申書に載せる」

ってのはどう?

通話時間とパケット量を内申書に載せる。パケットは送受信両方。携帯電話は指紋認証で本人以外はパケット通信できないようにして。

「携帯電話の長時間利用は由々しき問題である」

と認識しているなら

「携帯電話の利用時間が適切な子供は評点が高い」

というのはどうだろう。

学校に持ち込まないとか、フィルタリングするとか「制限」をいれたってイタチゴッコになるんだから

「うちの学校は成績よりも内申点重視ですから。特に携帯電話の内申点は大きいですよ」

ってことでどうだろう。

勉強や運動だけでなく、携帯!

茶髪やピアスで不合格になるんだから、むちゃむちゃなパケット量のやつはどんどん不合格にする。

そうすると親たちは慌てるよね。

「内申書に響くから学校に携帯電話持って行ってはダメよ!」

なんてね。
posted by そらねずみ at 13:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月02日

1日3時間しか働かない国


誰もが幸せになる 1日3時間しか働かない国

「BOOK」データベースより
秘境のユートピア「キルギシア」では…1日3時間以上働く人はいない。残りの時間は自分自身のために使う。政治家はボランティア。学校は「人生の谷」と呼ばれ、勉強がなく学びがある。18歳を迎えると1軒の家が贈られる。刑務所はなく、警察官もいない。武器の墓場がある。誰かと愛し合いたいと思ったら、みんなにそれがわかるように、胸に小さな青い花を飾る。各家庭に菜園があり、お年寄りが耕す。お年寄りは「人生のマエストロ」と呼ばれる…。イタリアでベストセラーの未来社会モデル、おとなの寓話、本邦初訳。


読了したが、後味は悪い。

「宝くじで3億円当たったら何に使うか」という話を延々と聞かされた感じがします。

この本を肯定しても否定しても虚しさが残ります。

人々が求める理想国家として、実現のための現実性よりも「目指すべき社会の状態のひとつのありかた」と考えれば自己啓発にも続けいていけるだろうし。一方で、実現が難しい(むしろ、できない)理想論だけを突きつけて「どんなにすばらしいだろう」と言われたら無責任としか思えないかな。

これもまた「もし当たった場合の宝くじの使い方で意見が合わず喧嘩した」という感じです。

自分がちっちゃい人間だからとか、理系脳だからとか、余裕がないからとかで、そういう風に思ってしまうのかな?

でも、そうじゃないんだろうな。

この本は「寓話」であるということ。

「寓話」は教訓や風刺を含んだたとえ話。

だから、受け取り方は様々あっていいのでしょうね。

啓発本と考えてもいいし、できの悪い国家論と考えてもいい。

それぞれが思うままに解釈すればそれでいいだけなのでしょうね。

願わくば、この本を読むのは自分の判断であって欲しい。教材やらイベントやら何やらという形で読むことを強要されてほしくないなぁ。

なんだか最初から答えが決められていそうな気がするから。

posted by そらねずみ at 09:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 最近読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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